西宮市甲子園のこどもピアノ教室♪ピアノ大好きっ子あつまれ

私とピアノ

私とピアノ

雨がふろうが台風がこようが大好きなバレエに通うのをやめなかったのに原因不明の膝の痛みでドクターストップがかかりバレエをあきらめた小学1年生。

隣の女の子の弾くピアノの音にひかれ、私もとピアノ教室の門をたたく。 小学校の音楽の先生をしてらした、とても優しい女の先生に丁寧に手ほどきを受ける。オルガンを買ってもらって始めたが、半年ほどで先生に薦められてピアノに買い替える。両親からは、家の預金を全部使ったと後々まで言われたが、私は黒光りするピアノに夢中だった。

 
 

遊びに夢中になっている友達をしりめにピアノの練習をしなければならない状態にだんだん嫌けがさしてきた小学校高学年。

 

中学の部活で合唱部に入り伴奏を担当した頃より、音楽の楽しさを知る。 中学3年時、所属クラブが地方の大会で優勝し、テレビに自分の演奏する指が写り喜ぶ。

 

中2でグランドピアノに買い替え、本格的に音大に行くつもりで師事していた先生は指導をして下さるが、私は迷いに迷っていた。

 

当時同じピアノ門下の先輩が音大進学費用を捻出するために家を売ったという話を聞き、自分の家の経済状態を考えてしまう。そして自分のピアノ演奏能力も、ピアノに対する情熱も…

そんなこんなで結局、高校3年生で大方向転換し、法学部へ進学しました。今でもあの方向転換は良かったのかな?と時々思います。亡くなった父は音大へ進学するものと楽しみにしていたようですので…

大学時代は、学部のチャペルサービスで礼拝のオルガンを担当しました。下宿でしたのでピアノが弾けず、弾けないとなると大変弾きたくなり、ピアノが私にとっていかに大切な物かを再確認した学生時代でした。実家で弾くピアノの演奏のしかたも音もずいぶんと良い方向へ変化していきました。

結婚もし、良い師匠に恵まれピアノも再チャレンジして今にいたっています。音大卒ではありませんが、音大出ではない、ピアノ練習に対する柔軟な対応のしかたや考え方がレッスンに役立っているように思っています。

今では一生ピアノとつきあい、90歳でリサイタルを目標に日々練習に励んでいます。

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